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今月の名言 (第十回)

 

明治の父が残した「土蔵付き売家」



 上野介(こうずけのすけ)。この名から、皆さんは『忠臣蔵』の吉良上野 介を連想されるのではないでしょうか。

 しかし正確に言えば、上野介というのは「名前」ではありません。これは、官位の名称。武士は官称で呼ばれる(名乗る)ことも多く、したがって吉良に限らず上野介の官位を持つ人なら「○○上野介」になるのです。

 

 今月の名言を残した人物の名前は、小栗忠順(ただまさ)。ですが彼もまた上野介の官位を得ていたことから、小栗上野介の呼び名で知られています。

 知られています、と言われても、聞いたこともないけど…?

 そう思われた方がほとんどかもしれません。それでも、実は彼こそが明治日本をつくった「父」だという見方もあるほど、大きな役割を果たした人物なのです。

 

 幕末という時代を見るとき、目立つのは幕府を倒した諸藩の志士たちの活躍。しかし小栗上野介は幕臣、つまり敗者である幕府側の人で、最後は新政府軍によって斬首されてしまいました。にもかかわらず「明治の父」とは、不思議だと思いませんか。

 

 小栗上野介の最大の功績、それは、横須賀造船所(製鉄所)の建設です。

 ペリーの黒船に代表されるように、当時世界の列強は軍艦を造り海を渡ってその版図を広げていました。しかし日本にはまだ西洋のような造船技術はありません。そこで小栗上野介は考えました。将来的に列強と対等に渡り合っていくには、自国で船を造れるようにならなければ、と。
 

 しかし、財政的にも情勢的にも切迫していた幕府内では、造船所を造るより軍艦を買うほうが先だと、反対の声ばかり。それでも信念を曲げず計画を進めた彼は、ある時こんなことを語ったそうです。

 もし幕府が倒れて誰かに政権を譲ることになっても、この造船所があれば、ただの売家ではなく土蔵付きで引き渡すぐらいの価値になる──

未来のために「どうにかしよう」

 

 小栗家は、家康が天下を取る前から代々徳川家に仕えてきた家柄。主家に対する忠誠心も強く、徳川幕府が滅びてもいいなどとは決して思っていなかったはず。

 しかし、先述の“土蔵付き売家”の言葉を見ると、まるで幕府の崩壊を予想しているかのよう。冷静な判断力を持つ小栗上野介には、幕府の限界が見えていたのでしょう。その幕府の最後の仕事として、日本の未来のためにできること。それが造船所建設だったと言えます。

 

 実際に幕府崩壊後、この造船所は明治新政府に引き継がれ、立派な「土蔵」として日本の近代工業の発展に貢献していきます。造船だけでなく、灯台の建設や技術者の育成、さらに世界遺産登録間近(2014年6月15日現在)の富岡製糸場の機械類も、ここで造られました。

 

 明治政府の近代化政策は、そっくり小栗上野介のそれを模倣したもの──

 これは、明治新政府の要人・大隈重信が語った言葉。また、日露戦争の連合艦隊司令長官・東郷平八郎は、ロシアに勝てたのは小栗さんが造船所を造ってくれたおかげ、と讃えています。

 

 自分の主家である幕府が滅びようとしている中、より広い視野で日本の未来を「どうにかしよう」と働いた小栗上野介。その生き様や気構えを端的に表す上記の名言は、国と言わず、現代の企業にも当てはまるでしょう。

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