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名城の防御:小田原城

 戦国大名北条氏が、早雲以来、五代にわたって本拠とした城で、天正18年(1590)には、豊臣秀吉が20万を超す大軍で攻めながら、なかなか落とすことができなかった難攻不落の名城として知られています。

 小田原合戦後、北条氏の遺領に入った家康も、この小田原城に本拠を置こうとしましたが、秀吉の勧めで江戸城に入り、小田原城は腹心の大久保忠世(ただよ)・忠隣(ただちか)父子にまかせ、この大久保氏によって近世城郭として整備されました。

 その後、城主は阿部氏、稲葉氏、そして再び大久保氏と代わりましたが、幕府としては、箱根山の東を守る軍事拠点に位置づけていたため、城の修築が厳しく制限されているなかでも、何度も修築が行われていました。

 明治に入って建物はほとんどが解体されてしまいましたが、昭和35年(1960)には天守が再建され、平成2年(1990)に住吉橋が復元され、その後も銅(あかがね)門・馬出(うまだし)門などの復元整備が続けられています。

 小田原城は近世城郭であるとともに、山側には北条氏時代の惣構(そうがまえ)が大外郭土塁としてよく残っており、訪れる人は多くいます。

「小田原城」セキュリティの要

"画像をクリックすると詳細がご覧になれます。

(一)橋
(二)金属製の扉
(三)狭間

所在地   神奈川県小田原市城内6-1

名城の防御

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小和田哲男

監修/小和田哲男
静岡大学名誉教授。(公財)日本城郭協会理事長。2014年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の時代考証ほか執筆やテレビ番組など多方面で活躍。