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今月の名言(第十二回) 



子どものような好奇心で世界を観察

  

  一年にわたりさまざまな名言をご紹介してきた「古に学ぶ防犯のココロ」も、いよいよ最終回。最後は、誰もが知っているこの言葉「天災は忘れた頃にやって来る」。

  五・七・五でリズム良く、まるで古くから自然発生的に言われ続けてきた慣用句やことわざのようですが、これも実は、ある人物が発した名言なのです。


  その人の名は、寺田寅彦。

  名言の知名度に比べれば、決して有名な人物とは言えないかもしれません。しかし、夏目漱石の小説『三四郎』に寺田寅彦をモデルにした人物が描かれている、といえば、ちょっと見る目が変わりませんか。

  寺田寅彦は、明治11年(1878年)生まれ。学生時代を熊本で過ごした彼は、時を同じくして熊本で教師をしていた夏目漱石の教え子でした。後にそれぞれ東京に出てからも二人の交流は続き、夏目漱石は作家として、寺田寅彦は物理学者として名を馳せることになります。

  物理学者というと、何やら気むずかしそうな人物かと思いきや、いわゆる学者然としていないのが寺田寅彦の大きな魅力。名誉や出世よりも、身近な物事の不思議を探ったり調べたりすることに、おもしろさを感じていたようです。

  たとえば、自身が愛煙家だったこともあって、喫煙者が生涯に吐き出す煙の量を計算してみたり。金平糖がなぜ角だらけの形になるのか調べたり。電車の混雑について論理的に分析したり。理学博士の学位を得たときの論文は、尺八の音色について──

  好奇心旺盛というか、子どもみたいというか、かなり変わった人だったようですね。

 

いつかやって来ることを「忘れない」

 

  そんな寺田寅彦は、大正12年(1923年)の関東大震災を経験し、被災状況の調査研究も行いました。その後、東京帝国大学の地震研究所にも所属しています。


  そして昭和8年(1933年)、三陸地方で大地震が発生した際、『津浪と人間』という随筆を発表しました。この中で、これより37年前に同じ地域で起きた「三陸大津波」を引き合いに出し、上記の名言を思わせる記述をしています。要約すると…

  37年前に被害状況を調べた人々は、もう故人となっているか現役を引退している。そして今働き盛りの人は、37年前はまだ物心つくかつかないかの子供だった。37年という月日は短いようだが、世代が交代するのに十分な時間で、それゆえ、かつての災害のことを忘れてしまう──

  同書の中では、「鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄ってくるのと本質的の区別はない」と、ちょっと皮肉な表現もしています。ともかく「天災は忘れた頃にやって来る」は、人間社会の変化のサイクルからも裏付けられる言葉なのです。

  自然の猛威には、太刀打ちできない。それは確かにそうかもしれません。しかしせめて、天災はいつやって来るかわからないという事実を忘れず、備えをしておくかどうかで、結果は大きく違ってきます。防災用品の備蓄、避難経路の確認、災害発生時に家族や仲間が別々の場所にいた場合の安否確認方法など、準備できることはいろいろあるはず。

 

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