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今月の名言 (第九回)




一人足りない?武田二十四将

 

 甲府駅に降り立つと、軍配を手にした堂々たる姿で迎えてくれる、武田信玄像。

 今なお地元山梨の人々に愛される武田信玄は、数ある戦国大名の中でも知名度・人気ともに群を抜いている偉大なヒーローです。

 

 戦国大名といえば、このコラムの第6回でも少し触れた北条早雲に代表される「下克上」が代名詞。しかし、武田信玄は違います。

 もともと武田家は室町幕府から認められた守護大名で、源氏の流れを汲む名門。実力主義の戦国時代においては、形ばかりの守護大名は下克上の憂き目に合う例が多い中、武田家は守護大名がそのまま戦国大名となった、稀有な存在なのです。

 

 しかし信玄その人に限っては、ある意味で下克上とも言えるかもしれません。何しろ信玄は、父・信虎を甲斐から追放して武田家を継いだのです。

 その理由は諸説ありますが、信虎はいわば暴君で、家臣や領民を苦しめていたからとも言われています。その父を追い出すことで武田家の当主となった信玄は、父を反面教師としたのか、人の輪をとても大事にしました。

 

 信玄には、俗に「武田二十四将」と呼ばれる優秀な武将が仕えていたと言われています。「武田二十四将図」という絵も残されているのですが、しかしその絵をよく見てみると、信玄のまわりにいる武将の数は、23人。1人足りません。その理由は……?

 

安心・安全に不可欠なのはマンパワー

 

 この二十四将という数字、実は信玄自身もそのうちの1人としてカウントされているのです。

 つまり信玄は、武田家の当主でありながら、トップとして独断で物事を決めるのではなく、自分を家臣団と同等の立場に置き、皆と話し合いながら領土の運営を考えようという、いわゆる合議制によって甲斐の国を発展させようと考えていたのです。

 

 皆で力を合わせなければ、国をより良くすることはできない。その「皆」とは、家臣団だけでなく、領民も同じこと。そのため信玄は、領民が災害などの被害に合わず安心して暮らせるよう、領土内の治水土木事業にも力を入れました。有名なのが、河川の氾濫を防ぐために築いた堤防「信玄堤」。現在も山梨ではその遺構を見ることができます。

 

 国を守るためには、堅牢なお城をつくることより、人々の結束を強く固めることが大事。その意味では、人こそが城であり石垣でありお堀である。だからこそ人情を重んじ、人に恨まれるようなことはしてはならない──。

 そうした「マンパワー」を重視した信玄の思いを象徴する言葉として、今月の名言が今に伝えられています。

 

 大切なのは、人の力、人の輪。この信玄の考えは、現代の企業経営にも大いに参考になるところ。そして、それら様々な企業が日々の業務を行うオフィスビルなどで「常駐警備」を行っている我々CSPにとっても、非常に重要な警句と言えます。

 

 多くの人が集まる場所では、それぞれの状況やニーズに合わせた警備が必要。そのためにはお客さまとの「人対人」の関係=パートナーシップを築くことが大切。それによってはじめて、お客さまを安全にお守りする城・石垣・堀でありながら、ただ守るだけではなく安心や快適さを感じていただける警備が実現できると考えております。

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