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今月の名言 (第八回)



初代総理大臣が慕った「行動の人」



 突然ですが、「総理大臣」という言葉から、あなたはどんな姿を思い浮かべますか。

 年の頃は60歳前後、それなりに威厳や貫禄があって…平たく言えば「おじさん」のイメージがあるかもしれません。

 しかし、日本の初代の総理大臣は、就任時の年齢がなんと44歳。現在に至る歴代総理大臣の中でも最も若くして一国の首相となったその人物こそ、今月の名言を発した伊藤博文です。

 

 伊藤博文は現在の山口県、当時で言う長州藩の出身。長州といえば、幕末から明治にかけて多くの人材を輩出したことで知られていますが、その多くが吉田松陰の私塾「松下村塾」で学んでいたことも有名な話。

 伊藤博文もやはり松下村塾で学んだ一人。しかし彼は、師の吉田松陰よりも、同じ塾生の中にいた「兄貴分」に、より強い影響を受けました。

 

 その兄貴分とは、今なお熱烈なファンも多い幕末の志士、高杉晋作。

 上記の名言は、若い頃常に高杉晋作と行動を共にしていた伊藤博文が、後年、高杉晋作の人物像を評して言い表した言葉です。

 ひとたび行動すればカミナリのように素早く、嵐のように激しい──弟分・伊藤博文の目にそう映った高杉晋作は、その略歴を見ただけでも、27年という短い生涯だったとは思えないほどめまぐるしく活動した「行動の人」だったことがわかります。

 

 最も有名なのは、奇兵隊の創設。「奇」という文字から、何か奇妙な軍隊かと思われるかもしれませんが、これは「正」に対する「奇」、つまり、長州藩士=武士による正規軍に対して、農民など身分に関係なく有志で組織された非正規軍という意味。当時の封建社会において、これはまさに革命的な出来事でした。

現代でも求められる雷電風雨の行動力

 

 また、長州藩が英米仏蘭の四カ国と戦って敗れ、和議交渉に臨んだ時のこと。高杉晋作は突如『古事記』の解説、つまり日本の歴史について語りはじめ、外国人を唖然とさせました。その堂々たる態度は「まるで魔王のようだった…」と、敵側の通訳は記録しています。

 

 さらに、幕府に恭順しようとする長州藩の藩論を変えるため、わずか80人で挙兵しクーデターを決起。このとき伊藤博文も力士隊という奇兵隊と同様の軍隊を率いて参加し、成功に一役買っています。

 

 こうした高杉晋作の「雷電風雨」のような行動力は、彼が尊敬して止まなかった師・吉田松陰の影響が大きかったと言えるでしょう。

 吉田松陰こそ、まさに「行動の人」。黒船が来航した時、日本を外敵から守るにはまず外国のことを知らねばと、小舟をこぎ出して黒船に近づき、アメリカに連れて行ってくれと頼んだこともありました。

 

 現代の感覚で見れば、吉田松陰も高杉晋作も、かなり無謀な人に思えるかもしれません。しかし幕末の日本は、一歩間違えれば国そのものが潰れてしまうような状況。そんな中、危機意識を持って奔走した彼らの活躍があったからこそ、今の平和な日本が実現したと言えるでしょう。

 また、現代の平和や安全を守る上でも、彼らの行動力には見習うべきものがあります。危険を的確に察知し、臨機応変に迅速な対応をする。そういう意味での「雷電風雨」の行動力は、特に我々警備会社にとっては非常に重要です。

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