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今月の名言 (第三回)

 

耐えに耐えて勝ち得た天下

 

『 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス 』

 今月の名言を発した人物は、むしろこの川柳で有名かもしれませんね。そう、徳川家康です。戦国乱世を治め、およそ260年続く江戸幕府を開いた天下人ですが、その一生は、この川柳や上記の名言が示すとおり、苦難と忍耐の連続でした。

  三河の小豪族・松平家に生まれた家康は、幼くして隣の強国・駿河の今川家に人質として送られることに。しかしその移送中、織田家に拉致され尾張へ連れて行かれてしまいます。後に人質交換で今川家に落ち着き、桶狭間の戦いでは今川軍として戦場へ駆り出されました。

  今川義元が討ち取られた後、三河へ戻った家康は、信長に気に入られて同盟関係を結びます。織田家が勢力を伸ばすとともに家康も力をつけていきますが、どうしたって信長は超えられない存在。信長の命令で正妻と長男を死なせたこともありました。

 その信長が、本能寺の変で急死。いよいよ出番か……と思いきや、秀吉が巧みな戦略・政略であっという間に天下統一。その「人たらし」ぶりに丸め込まれた形で、五大老の一人として豊臣政権を支えるハメになります。
 

 そしてついに秀吉が病没。ここから一気に爆発し、豊臣恩顧の大名を挑発して関ヶ原の合戦に持ち込み、天下をようやくもぎ取りました。その時家康、すでに60歳

 江戸幕府を開いた後も、豊臣家は目の上のこぶ。幕府安泰のために潰しておかねばと、強引な形で戦を仕掛けたのが、2回にわたる大坂の陣。豊臣家を滅ぼしたことでようやく家康の「重荷」は降りたのか、大坂夏の陣の翌年、75年の生涯を閉じました。

 

ちょっとした「荷」をCSPが肩代わり

 

 ざっと経歴をなぞっただけでも、その「重荷」「遠き道」ぶりが伺える家康の人生

 なお、上記の名言は家康の遺訓として伝わるものの冒頭部分で、以下「不自由を常と思えば不足なし」「堪忍は無事長久の基」など、胸に響く言葉が続いています。興味のある方はぜひ全文を調べてみてください。


 
 さて、家康ほどではなくとも、多かれ少なかれ誰もが人生に「重荷」を背負っているもの。自分の力で何とかするしかない「荷」もあれば、誰かに手伝ってもらうことで負担が軽減できる「荷」もあるでしょう。

  警備会社として皆さまに安心・安全をお届けしているCSPでは、暮らしの中のちょっとした「荷」を肩代わりする生活支援サービス「ユアライフ」もご提供しております。お掃除やお洗濯などの家事から、水回りやパソコンなどの急なトラブル、ベビーシッターやペットシッターのご紹介など、ニーズに応じてさまざまなお手伝いをさせていただきます。

 

 ちなみに。

 重荷を負い遠き道を歩み続けた家康も、晩年は太ってしまって自分でふんどしも締められなかったそうです。家康といえど、できないことは誰かに手伝ってもらう必要があったようですね。

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